断捨離は目的ではなく人生を豊かにする手段
何のために断捨離が必要なのか?
最近、モノに執着せず、不要なモノを捨てる断捨離をテーマにするYouTuberが増えてきました。
断捨離と対照的なのは、モノを捨てられず、最後はゴミ屋敷に住んでいる人たちです。
ゴミ屋敷の住民に比べたら、断捨離の実践者は周囲に迷惑をかける度合いが少ないかもしれません。
ただ、断捨離もまた度がすぎると、親戚や知人に日用品を借りたり、災害時に必要以上に他人の援助に頼るといった迷惑を及ぼす可能性があります。
何事も過ぎたるは及ばざるが如しなのです。
ただ、断捨離が無意味かというと、私は決して無意味だとは思いません。
貴重な居住スペースを不用品に奪われ、不用品を捨てられずに生活するのは精神衛生上も好ましくないからです。
ですから、適度な断捨離であれば、生活の質向上に役立つと考え、私も年に2度は断捨離めいたことを実践しています。
ただ、その際に私が注意していることがあります。
目的なしに断捨離することの危険性
断捨離の目的は何でしょうか?
私は不用品を捨てることで心をスッキリさせ、前向きな生活を送るためのいち手段だと考えています。
では、いったい、不用品とは何でしょうか?
私は、将来収益を生む可能性もなく、やる気を高める者でもなく、まして自分の自由時間を生み出してくれるものでもないモノを不用品に認定しています。
この判断基準は、好ましい浪費の判断基準にも登場した3原則です。
- 将来、収益を生む可能性がある浪費か(将来収益の可能性)
- やる気を高めて自分を前向きにする浪費か(精神的な有効性)
- 自分の自由時間を作り出す浪費か(自由時間の創出可能性)
浪費の判断基準を断捨離に準用すると、次のようになります。
- 将来、収益を生む可能性のあるモノか(将来収益の可能性)
- やる気を高めて自分を前向きにするモノか(精神的な有効性)
- 自分の自由時間を作り出すモノか(自由時間の創出可能性)
断捨離すべきモノかどうか判断する際、将来収益を産んでくれたり、そのモノで楽しむことが自分のモチベーションを高めてくれるかどうかが基準になってきます。
つまり、いずれも自分自身を幸福に導く可能性があるかどうかという基準でもあります。
たとえば、楽器やカメラ、IT関連商品は、他人に単なる道楽に見えがちな商品ですが、将来、それが収益の要となるかもしれません。
ですから、「それは道楽だ。不要だ」と乱暴に断捨離するのは、自分を不幸にする危険性があると考えています。
断捨離は自分を幸せにする手段であって、決して目的ではないことを留意したいものです。
お金持ちの家はなぜ余計なモノがなくスッキリしているのか?
自分に不要なモノと必要なモノの基準が明快な人たち
富裕層の家のリビングはモノが少なくスッキリしているという話をよく聞くものです。
実際、私の経験上、偉い人のお宅は、その多くは超豪華なソファーや調度品以外、余計なモノは置いていませんでした。
「富裕層の家は収納が豊富でリビングも広いから、スッキリ見えるのではないか?」
そういう意見もあると思います。もちろん、そういう面もありますが、私も50代を過ぎて、自分の家のリビングを見ると、改めてモノが少なくなったことに気づきます。
なぜなら、本当に必要なものしか置いていないからです。
リビングは家族がテレビや食卓を囲んで団欒する場所です。あるいは、お客さんを接待する場所です。
ですから、その用途以外の物は置いていません。
リビングに大きなマッサージチェアを置いている家がありますが、私は目障りなので寝室に置くことにしています。
では、書斎はどうか?
早期退職前に断捨離する際に考えたことは?
私は昨年秋、早期退職する際、書斎の断捨離を始めました。
理由は2点です。
ひとつは会社関係の書類や資料は不要になるということ。もうひとつは気分一新して、副業や趣味に打ち込める空間を作りたかったからです。
1番目の会社関連の書類や資料は、ゴミ箱に捨てるだけですから簡単です。
問題は、副業や趣味に打ち込める空間づくりでした。
その際、先ほどの3原則でモノを峻別しました。
- 将来、収益を生む可能性のあるモノか(将来収益の可能性)
- やる気を高めて自分を前向きにするモノか(精神的な有効性)
- 自分の自由時間を作り出すモノか(自由時間の創出可能性)
パソコンはスペックの古いものは全て処分しましたが、最新スペックのパソコンを導入し、気分を一新しました。これは1番目の将来、収益を生む可能性のあるモノです。
次に、モチベーションを高めてくれるモノは残しました。
カメラやiPad、各種ガジェット、そして書籍です。ただ、書籍は興味のない分野はすべて処分しました。
最後に、自分の自由時間を作り出すモノですが、ロボット掃除機のルンバは古くなりましたが、残しました。
モノは必要性を考え始めると、どれも必要に思えてくるものです。しかし、必要になったときに、また、新しいものを購入すればいいのです。
そんな風に割り切らないと、どれも捨てられなくなるものです。