早期退職するとき最後に考えたことは何か?幸せな早期リタイアに必要な心構えがある

リタイア準備
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上司の人間性は早期退職を伝えたあと分かる

定年は会社ではなく自分が決める

定年制とは社員の体力や気持ちを無視して会社が一律に決めた制度です。

制度はどんな人にも適用可能な汎用性のある基準を設定する必要があるので仕方がないのかもしれませんが、60歳定年や65歳定年、そして70歳定年といっても、その年まで心身ともに健康で働けるかどうかは個人差があります。

ですから、いつ会社をやめるべきなのか、定年退職は自分自身が決めるべきものなのです。

早期に退職すると退職金の上積みされる早期退職制度が整備されている会社も少なくありません。

会社が決めた年齢で退職する定年退職にこだわらなくても、自分で定年退職を決める早期退職を選択したとしても、その後の人生が即座に暗転することはありません。

むしろ、ストレスのない人生がスタートし、いち早く身も心も健康な生活を送ることも可能なのです。

私は「自分の定年ぐらいは自分で決めたい」と考えていたので、会社の仕事に充実感を感じなくなった段階で早期退職を決めました。

いまは、自分で定年退職を決めることが正解だったと感じています。

早期退職で分かる上司の本音

私が早期退職を上司に申し入れたとき、彼は意外だったのか、「えっ」と絶句しました。

私自身、普段から「もうすぐ自分は辞めるよ」オーラを発していたつもりですが、上司はまったく予期していなかったようです。

早期退職の理由を述べたあと、彼は「分かりました。上に報告します」と言って、その日は終わりました。

ところが、翌日夜から様子が変化しました。

いろいろな好条件を出して、あの手この手の慰留が始まったのです。

しかし、私の意思が固いと知るや、今度は「なぜ、もっと早く言ってくれなかったのか」と逆ギレ気味に批判してきたのです。

私が退職を申し出たのは退職予定日の3ヶ月前。遅くはありません。

会社の規約上も労働基準法上(2週間前)も何ら問題ないタイミングでした。

その後、知ったのですが、上司は上から「君自身に問題があったのではないか」と半ば叱責されたようでした。

もうひとつは、これは彼も言っていたことですが、私が抜けた穴は誰かに埋めてもらう必要があります。しかし、同じ水準の社員が簡単に見つからないという会社組織上の都合でした。

しかし、会社の都合で逆ギレして慰留するのは、どこかのブラック企業と同じです。

そう指摘しようとしましたが、辞めるときにあれこれ言い合いをしても仕方ないと思い直し、そこはグッと堪えました。

上司の口からは「ご苦労さまでした」の一言もなく、最後まで聞かされたのは「大きな柱を失って、これから大変です」という会社都合ばかりでした。

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最後は残り時間を会社に捧げるか、自分に使うのかの選択

自分で自分の定年を決める難しさ

正直言って、私は会社の仕事に関して言えば、自負があります。

会社に大きな不満があったわけでもありません。

辞める際に社長から「君が抜けるのは寂しい」「どこか楽な部署を見つけるから」と最後まで慰留もされました。

しかし、会社の目指す方向性と私の人生の価値観が徐々にずれていきました。

人生の残り時間を考えた時、おカネよりも時間が重要だとも考えました。

「自分の時間は自分のために使いたい」。その素直な気持ちに従おうと思ったのです。

ただ、辛かったのは、私の早期退職を小耳に挟んだ後輩が訪ねてきては「絶対にやめないで欲しい」と目に涙を浮かべて懇願してきたときでした。

すでに退職願を提出し、受理されていたので、「申し訳ない」というのが精一杯。彼らには、いまでもありがたい言葉だったと感謝しています。

人生はいつ終焉するか分からない

もう一つ、早期退職の動機となったのは、学生時代や会社の同期や先輩が、次々、この世を去って逝ったことがあります。

アーリーリタイアの動機は友人の他界!やりたいことをやり残したくはない
私がアーリーリタイアした最大の理由 この5年間に大学時代の同級生が相次いで他界した きのう、久しぶりにいまでも交流のある大学時代の同級生と夕食を共にしました。 双方とも奥さんも同伴の4人で会食です。 仕事や健康、子供の成長など話題は尽きなかったのですが、そのなかで、どうしても避けて通れない話題がありました。 それは、この5年ほどで親しかった同級生のうち3人が他界したということです。 3人とも死因はがん。いずれも、がんと判明したときには手遅れでした。 サラリーマンの私と違って、会食した友人は自営業(税理士)ということもあり、比較的、時間の融通が効くため、他界した3人とも頻繁に会っていたそうです。 彼は、そのうち2人とは亡くなる直前にも会っていて、毎回、その時の様子を話してくれるのですが、聞いているうちに「人ごとではないな」という気分になります。 昨夜も、他界した3人の思...

ぼんやり生きていると、自分の人生がいつまでも続くという錯覚に陥るときがあります。

しかし、友人や知人の死は生きている時間は有限であることを改めて考えさせられ、「自分も命がいつまでも続くと思って生きてはいけない」という気持ちになったのです。

「人生80年だとして、あと残された人生の時間は何年か?」と人生を逆算して考え始めるようにもなりました。

「会社には十分に尽くした。これからの生き方は自分で決める」

最後は、そう思ったからこそ、早期退職を決意したのです。

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人生の最終コーナーは社会のお役に立ちたいという価値観

人生は3つの局面に分けることができる

私は人生を大きく3つのフェーズ(局面)に分けています。

  • 第1のフェーズ・・・大学を卒業し仕事を習得するまでの期間
  • 第2のフェーズ・・・職業人として成熟し、子供を育てリタイア準備をする期間
  • 第3のフェーズ・・・リタイアして自由に生きる期間

どのフェーズも、とても大切な人生の時間です。

自由なリタイア生活の「第3のフェーズ」が45歳や50歳から始まる人や65歳で定年退職してから始まる人もいるでしょう。

ただ、年齢は異なっても人生は大きく分けて上記の3つのフェーズに分けられ、それをどう配分するのか、常に考え続けることが大切だと考えています。

少なくとも、3つのフェーズを意識すれば、準備万端の状態でリタイア生活に入る確率が高まるとも思います。

最後は社会のお役に立ちたいという価値観

人生の最終コーナー(第3フェーズ)をどう走り切るのか?

これは多くの人が抱える命題です。

「終わり良ければ全て良し」と言われるように、人生の後半くらいは自由で豊かに生活したいと誰もが考えているはずです。

少なくとも、この世を去る間際まで会社の利益のために人生を捧げる生活は避けたいものです。

多くの企業は生き残りをかけて儲かるための事業計画や営業戦略を考えがちです。

その際に、社会の役に立つことは何かという視点を忘れてしまいます。

目先の利益を追求する企業は、社員も仕事の意義ややりがいに疑問を抱くようになります。

それ以上に深刻なのは、社員がプライドを失い、社内評価ばかりを気にする社畜文化を醸成してしまいます。

人生の最終コーナーが、そんな企業文化にすり減らされるのはあまりに寂しいと思ったのです。

早期退職したあと、たとえ小さなことでも社会や家族に貢献できることがあるはずです。

たとえ、家族だけに貢献するという第3フェーズであってもいいのです。

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まとめ

私は早期退職したことで、多くのことを新たに経験しました。

ただ、その経験は多くの人たちにも有用だと思っているので、最後に早期退職の際に心がけたいことを整理したいと思います。

  • 部下から早期退職を告げられた上司は社内で問題ありと見られることがある
  • 早期退職する際に上司の関心は社内での自分の立場や会社都合に向きがち
  • 最後は言い合いになるよりは円満に退職するように心がけるべき
  • 退職にあたって会社や上司に違法行為があった場合はすぐに労基署に相談すること
  • 人生を3つのフェーズに分けてリタイア準備は怠らないこと
  • 限られた人生をどう生きるのか自問自答し、最後は納得のゆく人生を選択すること

一度しかない人生です。

皆さんが有意義に人生最終コーナーを走りきることができるように、今後もブログに書き続けたいと思っています。

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