大企業サラリーマンほど先行きは危険な時代が到来!
「大企業に就職=経済的に安泰」の時代は終わった
昭和から平成の時代、多くの人が一流大学を卒業して大企業に勤めることができれば、一生安泰だと信じてきました。
現在も大企業に就職するのは経済的に有利なのは間違いありませんが、一生安泰かというと言い切れなくなりました。
企業が中高年社員のコストパフォーマンスに疑問を抱き始めているからです。
大手企業に就職できれば一生安泰という価値観は、終身雇用が前提となっています。
しかし、一部上場企業でさえ、2019年1月から9月まで6年ぶりに希望退職や早期退職の募集が1万人を突破しました。
2019年1月-9月に希望・早期退職者を募集した上場企業は27社に達し、対象人数は1万342人と6年ぶりに1万人を超えたことがわかった。
社数はすでに2018年(1-12月)の12社を大幅に上回り、2014年の32社に迫っている。また、人数も2010年(同)の1万2,223人を超える勢い。(出典:東京商工リサーチ)
最近のシニアは昔に比べて健康で元気になったと言っても、所詮は年寄りです。体力・気力・記憶力では若い人には叶いません。
演算処理の早い高スペックで記憶容量の大きなパソコンに買い換えたくなるように、企業は若くて賢い人材を求めます。
しかも、長寿化の進行とともに、企業は政府が70歳雇用を義務付けるのではないかと恐れ始めています。
医療の発展で寿命が伸びるにつれて、逆に企業が高齢社員一歩手前の中年社員をリストラする皮肉な結果になったわけです。
「大企業に就職したら一生安泰」と安心し、給料だけで人生を設計する考え方は危険な時代になったともいえます。
サラリーマン生活が長くなるほど会社依存が強まる理由
企業の考え方が変わったのですから、当然、サラリーマンも発想を変えなければいけません。
それは、いつでも会社を飛び出せる自分をつくっておくということです。
おかしなもので優秀な社員ほど会社を飛び出す力があります。
その結果、会社にしがみつかないと生きていけないと考える能力の劣る高齢社員が会社に残ることになります。
私が働いていた会社も能力のある人は40代〜50代でも早期退職して、新たな人生に旅立っていました。
徐々に、高齢社員はトップのイエスマンか、役職を奪われても会社にしがみつく人ばかりが残りました。
生活のために我慢して会社に残っている人は悲惨です。
周囲に愚痴や会社批判を口にし、心身の変調が見た目にも明らかな社員もいました。
そうした高齢社員でも若い頃はキラキラしていたものです。高齢社員を「だから年寄りは使えない」と小馬鹿にもしていました。
あれから20年余り、今度は自分が若手から陰口を言われる番です。
かといって、会社から給料をもらう以外、稼ぐ方法がありません。一念発起して新たな挑戦をするエネルギーやスキルもありません。
歳をとればとるほど愚痴を言いながら会社にしがみつくしか方法はなくなるのです。
サラリーマン時代に私の経済的概念を変えた出来事
会社に疑問を抱くだけでは会社から逃れることはできない
私は30代から給料は年収1000万円を超えていたので、一歩間違えば、会社依存型サラリーマンになっていたかもしれません。
しかし、中間管理職になって会社の姿勢が社会的貢献に対する意識が薄いことに最初の疑問を抱きました。
企業として大切な根本的な部分に疑問を持ち始めると、一度しかない人生を企業利益や社内の小さな出世に費やすことに疑問を抱くようにいました。
そのため、会社を辞めて収入ゼロになっても生きていける金融資産の形成や、自分一人の力で稼ぐ力をつけようと模索したことが正解だったと考えています。
会社に疑問を抱くだけで行動しなければ、愚痴や不満を口にしながら会社にしがみつく中高年になってしまっていたと思います。
給料に依存しない収入構造を考えたことが人生を変える見直す最大の要因でした。
具体的には給料のほかに副業で稼ぐということです。
自分一人で稼ぐ経験は人生観を変える
大企業であれ、中小零細企業であれ、サラリーマンはチームで稼いだ利益の分配金を受け取る生活です。
ですから、自分一人でお金を稼ぐスキルや自信を持てないものです。
一方、アルバイトなど時給制のアルバイトは別として、自分一人だけで稼ぐ副業は最初から最後まで自分自身の努力と責任の結果、お金を手に入れる行為といえます。
「稼ぐのも稼げないのも自分自身の責任」というわけです。
私は主にブログ収益と株式投資が金融資産を形成する柱となりました。
その結果、副業だけで給料並みの収入になったとき、青天井で収入が増える世界があることを実感し、人生観が変わったことを覚えています。
ただ、それ以前に、まずは副業に取り組んで年収30万円ほど獲得したとき、年収1500万円以上の給料とは異なる満足感や喜びを感じました。
それは自分自身で稼げるかもしれないという自信です。
自分一人で稼げる仕組みさえつくれば、会社という組織に頼らなくても生きていけるというかすかな希望の光が見えたものです。
その後はとにかく継続あるのみでした。
当初、収入の増加は微々たるものでしたが、それでも継続できたのは独立独歩の可能性を感じ、毎日、ブログを書くのがワクワクしたからです。
そして、次の3点を実感して人生観まで変化したものです。
- 給料以外の収入があれば、大組織に依存せず生きていける可能性があること
- 継続さえ心がけたら独立独歩のハードルは決して高くないこと
- 組織の意思や方針で稼ぐより自分自身の意思や工夫で稼ぐことの楽しさ
何と言っても副業は自分の努力と能力がそのまま収入に直結します。
その意味ではゲーム性も内在しているわけですが、それゆえに継続することはさほど苦にはならないことを初めて知りました。
収入増を楽しみ、その結果として金融資産が増えることを楽しむ。その先にあったのは早期退職して手に入れた自由な人生でした。
現状に不満なら愚痴る前に行動する。
この精神さえあれば、神様は誰にも等しく人生を変えるチャンスを与えてくれるものです。